ワクチンのような新薬開発では何をするのか?臨床試験まで、わかりやすくまとめ

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世界中でコロナウイルスの感染が急拡大していて、ワクチンの早急な実用化に向けて期待が高まっています。開発会社の株価などを見ると、注目度が見て取れます。

日々、ニュースで情報展開されるワクチン開発ですが、具体的にどのようなことをするのでしょうか?新薬の開発には10年以上、200億円以上かかると言われていますが、内容についてピンとこない方が多いと思います。
今回は新薬開発における研究以前の準備から、私たちにとって比較的身近な臨床試験(治験)までをどのように進めているのか、わかりやすくまとめていきます。

↓ 前回の記事はこちら(内容:各製薬会社のワクチン開発の進捗まとめ)

ワクチン開発の大まかな流れ

一般的なワクチン開発の流れ

主なステップは「基礎研究」「非臨床試験」「臨床試験」の3つです。さらに、その中の臨床試験は3つのフェーズで構成されます。(第2相、Phase2などと呼ばれているものです。)

一般的に言われるのは上記の基礎研究 → 非臨床試験 → 臨床試験第1相 → 第2相 → 第3相 の5ステップで、特に「臨床試験第〇相」「臨床試験P〇」(Pはフェーズを意味する)と言った言葉はニュースでも耳にする機会が多いです。

実用化に向けては、研究前の準備と承認申請も必要

上記のステップで語られることが多いですが、それだけではワクチンは実用化に至りません。

研究前の企画、組織の明確化であったり、研究後にも申請・承認といった事務的手続きが必要です。
この辺りは雑務とみられることも多いですが、研究成果を出すためには必要不可欠なものであるので、本記事ではこれらについても触れていきたいと思います。必要な手番も年単位であったりするので、見逃せません。

各ステップについて、最初にざっくり紹介

各ステップについてまとめていきますが、全体の流れを知るため、最初にざっくり紹介します。

STEP0. 準備…企画・構想、組織設立、リソース確保

STEP1. 基礎研究…投薬できるカタチにするまでのステップ

STEP2. 非臨床試験 …動物実験

STEP3. 臨床試験 第1相…人体で実験。まずは健康な大人で効果を細かく確認

STEP4. 臨床試験 第2相…投薬の対象者を広げて安全性などを細かく確認

STEP5. 臨床試験 第3相…多くの人で治験を行い、統計的に確認

STEP6. 承認申請、実用化準備…申請から量産・流通の準備までのステップ

(STEP3~5の臨床試験は、ひとまとめにされることもありますが、基本的に第1相~第3相の3つで構成されます。P1, フェーズ1と言った呼び方もされます。 また、学術記事などではローマ数字を使い”第Ⅰ相”などと書きます。) 

ワクチン開発の具体的な流れ

STEP0. 準備

研究に入る前の準備です。新薬の企画を行なったり、組織を作るなど一般職にも近いのでイメージしやすいと思います。

企画

新薬も新製品の一種ですので、同じように企画・構想の作成を行います。

考えている新薬に本当に需要はあるのか、類似の研究が既に行われていないか、コンセプトは何か…と言ったことを議論します。特に研究職の場合は、製品ができるまでの手番が長いことが多いので、競合他社の動向については注目しておく必要があります。

組織、役割区分の明確化

研究は研究者一人で完結するものではありません。分野によってエキスパートが異なりますし、研究以外にも事務的な手続きをする人や営業、物品の調達を行う人等も必要です。
また、新薬開発の場合はそれら関係者を各ステップでまとめ上げるCMC(Chemistry, Manufacturing and Control)という特殊な役割も存在します。

そういった人たちのコミュニケーションを円滑にするために、組織を明確にしておく必要があります。これにより、各担当者は自分の担当業務に集中することができます。

役割区分については何かあった時の責任を取るという目的でも必要ですが、研究の盗用を防ぐなど研究者の権利を守るためにも重要です。

リソースの確保

一般にリソースと言えば「ひと」「もの」「かね」と言われます。

研究職にも当てはまるのですが、その専門性から「もの」の確保が重要になります。
具体的には、研究に必要な専門施設であったり、後述する臨床試験のための治験参加者など、一般職とはことなる「もの」が必要になります。(治験参加者は”人”ですが、主体的に業務を進める「ひと」とは性質が異なり、どちらかと言うと「もの」に近いのでそう呼んでいます。)

STEP1. 基礎研究

基礎研究は次の非臨床試験や臨床試験で投与できるような薬を作る研究です。新薬の種類にもよりますが、手番は2~3年ほどです。

0から1を生み出す根気の要る作業

基礎研究は、既存の研究をベースとしない場合は0からの1を生み出す根気の要る作業となります。数百万もの薬の成分を集めた化合物ライブラリから、目的に沿った化合物を調合していきます。この作業を薬学用語でスクリーニングと言います。

総当たりでやろうとすると100万×100万×100万×…という無限に近い組み合わせになってしまうので、知見を基にして効率的に絞り込んでいくことが求められます。

また、単に作るだけでなく、その保存条件の確認などもこのステップで行います。

コンピュータの高性能化に伴い、シミュレーションも有効に

化合物の調合は大変な作業ですが、シミュレーションにより、ある程度絞り込むことができるようになってきました。

昔はできなかった上記のような無限に近い組み合わせも、コンピュータの高性能化に伴い実現可能となったので、効率的な絞り込みや今までの経験では考えられなかった組み合わせについても調査することができます。

STEP2. 非臨床試験

基礎研究が終わって投薬できるカタチになったら、人に試すより前の実験を行います。
これを非臨床試験と言い、培養した細胞に対して効果を確認したり、有名なものだとラットなどに対する動物実験もあります。非臨床試験の一般的な手番は3~5年ほどで、人体での試験である臨床試験の手前と言うこともあり、じっくりと取り組みます。

動物実験は必ずしもラットではない

動物実験においては、人間に近い状況が望まれるため、ラットを代表とする哺乳類での試験が一般的です。ただ、試験の対象は必ずしもラットという訳ではなく、人間の遺伝子セットの構造が近いゼブラフィッシュと言うメダカに似た魚もいます。

また、目的の症状についての効果を見ることがあるので、糖尿病治療薬を試すための糖尿病状態のラットであったり、遺伝子操作された病弱なラットなどもいます。
(試験の為とは言え、ちょっとかわいそうですね…;)

STEP3. 臨床試験 第1相

 ここから、人間を対象とした臨床試験に入っていきます。臨床試験の手番は第1相から第3相までで3~7年ほどを要します。臨床試験の中でも、新薬に関するものを治験と言い、人によっては経験されたこともあるのではないでしょうか。最初の第1相は少数の健康成人に対して効果があるかを確認します。ポイントは一番理想の状態で、有効性が認められるかです。

臨床試験の1つ目なので、試験は少数対象かつ慎重に行われる

臨床試験の1つ目と聞くと、人間での前例がほとんどない状態です。もちろん、そういった懸念を払拭すべく非臨床試験などを様々な水準で行なっているのですが、それでも不安に感じる人は多いでしょう。第1相試験では一般的な治験のイメージとは少し異なるやり方で行われます。

「治験と言うと人体実験。あれこれ試される実験台みたいで怖い」と言う声がありますが、第1相はそのような方針で実施されません。第1相の目的はあくまで有効性の確認なので、万が一失敗しても効果がないだけということが多いです。
薬品の投与量・投与間隔なども安全性に余裕を持たせた理想の条件で行うので、あれこれと条件を試されることは比較的少ないです。安全性を考慮した試験は第2相試験で行われます。

また、「治験者全員に目が行き届かないのでは?」という不安があるかもしれませんが、ニュースで報じられているような何万人に対する治験などは後の第3相試験の話なので、一般に100人未満の規模で行われる第1相試験では、そのような心配も緩和されます。

逆に受けようと思っている臨床試験で、第1相でいきなり重症者への投与を試みたり、数万人規模の大勢を対象に実施されている様なら、少し気を付けた方が良いです。
(コロナのワクチンについては状況が特殊なため、標準から外れることはあるので何とも言えませんが…)

STEP4. 臨床試験 第2相

第1相で有効性やある程度の安全性が確認出来た後に、第2相へと移行します。第1相と比較すると、健康者以外(場合によっては重症者)も対象となり得る投与量や投与間隔について複数水準試されるが異なってきます。

試験対象者はバラバラ。場合によっては重症者への投与も

第1相試験では健康な成人を対象に試験しましたが、実用化にあたっては老若男女問わず活用できるようにすることが理想です。そのため、第2相試験でも試験対象者を広げ、様々な年齢、症状の人が参加します。

特にこのコロナの感染拡大状態では、早急に結果を出すこと、重症者を救うことが求められるため、重症者を対象とした試験も海外ではスタートしています。

目的は投与量や投与間隔の条件を決めること

第1相試験では理想的な条件で効果が出るか確認することを目的としていました。
第2相試験では年齢によって投与量や投与間隔を変えるべきかなど、身体の状態を見ながら慎重に行なっていきます。投与間隔と合わせて、ワクチンの有効期間の調査も行われるので長い期間を要することもある試験です。

STEP5. 臨床試験 第3相

第2相試験までは少数で行なってきたので、状況を細かく把握できる反面、例外は無いか等の確認は弱いです。第3相試験では多くの治験参加者を対象に実施して、統計的なデータを取ります。データのN増しとも言えるでしょう。

試験のカギは”比較”

データをN増しすると言っても、いくつまで増やせば良いのでしょうか?千人?1万人?10万人…??
ただ漠然とデータを増やしても線引きは難しく、結果も人によってある程度はばらつくので良いと言い切るのは困難です。

そこでカギとなるのが比較です。簡単に言うと「新薬を投与した人には効果があった。しなかった人には効果が無かった」ということを確認します。
比較の対象は大きく2つで、1つは「類似する既存薬の投与者との比較」です。しかし、必ずしも比較できるような既存薬が存在するとも限りません。そこで使われるのが2つ目の「プラセボ投与者との比較」で、ニュースなどではこちらを耳にする機会が多いと思います。

ニュースで聞く「プラセボ」とは?

placebo(プラセボ)はラテン系由来のフランス語で原義的には「人を喜ばせるであろう」と言った意味になります。英語発音はプラシーボで、こちらなら聞いたことのある人も多いのではないでしょうか?「(実は関係ない薬を飲んだのに)良くなったような気がする」と言ったプラシーボ効果は有名で、一休さんのアニメでも風邪薬と称して小麦粉を渡して流行り病から救った話があります。

薬学におけるプラセボは全く効果のない薬を意味し、偽薬とも言われます。新薬を投与して治っただけでは、薬の効果で治ったのか、プラシーボ効果で治ったのかわからないのです。
そのため、試験では本物の新薬を投与したグループと何の効果もないプラセボを投与したグループで結果を比較します。この際、ポイントとなるのは本人には新薬かプラセボかを秘密にすることです。これにより「新薬を投与したグループ」と「新薬を投与したと思っているグループ」の2つを比較することができるので、プラシーボ効果の要因を取り除くことができます。

STEP6. 承認申請、実用化準備

臨床試験で結果が得られたら、承認申請や販売を行います。
新薬開発と言っても研究がすべてではなく、その後も多大な生産コストや手番を要することとなります。

承認申請

日本では厚生労働省へ承認申請を行います。申請が受理された後、専門家によって審査されます。この申請から審査まででおよそ1年もの手番を要します。
(コロナウイルスのワクチンについては、ここを手番を短くする旨を菅総理が公表していました。)

実用化に向けた量産準備・営業

薬ができても、多くの人に行き渡らなければ意味がありません。
そのため、薬を量産するための生産工場、それらの専用流通ルートや保管環境などを準備しなければなりません。また、それを現場、すなわち病院で使ってもらうための営業も必要です。マイナス数十℃で保管しないと効果が弱まる薬品や、揮発性(蒸発のしやすさ)が高い薬品などがあるので、通常とは異なる管理が必要となります。

これらについては大学などの研究機関より、製薬会社などの方が強いため、研究段階より企業側の活躍する機会が増えます。

販売後調査・対応

臨床試験でデータは取れていますが、現場で使っていくと試験ではわからなかった事実が判明することがあります。それらの良し悪しを判断し、用法の変更など適切なケアが求められます。

まとめ

今回はワクチンなどの新薬開発のステップについてまとめました。
コロナウイルス用のワクチンのニュースでは、最終段階かつ知見などで身近な臨床試験が取り上げられますが、実際に治験を受けるか自分事に置き換えると治験に対する不安はぬぐい切れません。

臨床試験自体も細心の注意を払って行われますし、そこに至るまで、非臨床試験や基礎研究を入念に行われています。今後、コロナワクチンについては日本での臨床試験を受ける機会が増えるフェーズに突入するので、漠然と「なんとなく怖いから不参加」とせずに、今回の内容や最新のニュース、企業の実績などを理解した上で参加するか否かを判断いただければ幸いです。

以上

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